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2005年10月

2005年10月24日 (月)

2,668年ぶりの「びっくり」

 次回に、とお知らせしていた「びっくり」ですが、またまたUPが遅くなってしまいました。でもこの「びっくり」は3週間のUPの遅れなんか問題にならない、2,668年ぶりの「びっくり」だったんです!

 さて、その「びっくり」の種あかしですが、武田山ガイドツアーの上高間(うわたかま)が舞台です。

 上高間南端の岩からは広島市内が一望できる180度のパノラマがひろがり、その絶景は武田山随一です。雑木を切ったおかげで尾根続きの火山(ひやま)も展望がきくようになりました。
 上高間での解説の中にその火山にまつわる伝説も紹介しました。神武天皇が東征の際、この火山山頂からノロシをあげて兵をつのり、船で府中の埃宮 ( えのみや ) に渡ったというものです。山本や祇園には今でも「出口」「帆立」という地名が残っており、これを「神武天皇烽火伝説(じんむてんのうほうかでんせつ)」といいます。

 この伝説を説明して「あちらをごらんください」と指をさすと、その先にはなんと不思議、火山の山頂からノロシの煙がたなびいているではないですか!
 これは保勝会のメンバーが、車の発煙筒を束にしたものを、携帯電話で連絡をとりながらタイミング良くあげたものです。勿論、消防署にも届けを出し事故などが起きないよう万全の態勢でのぞみました。当日はあいにくの空模様でガスがかかってはっきり煙の見えない場面もありましたが、ツアー参加者の皆さんには喜んでいただくことが出来ました。
 ノロシをあげるイベントは、各地で取り組まれており、県内では1988年に尾道青年会議所が新幹線新尾道駅開業を記念して、大阪から尾道までノロシをリレーし新幹線と競争するイベントがもたれました。これは江戸時代、米相場伝える手段としてノロシが使われていた故事に由来するもので結果は新幹線の勝ちでしたが、その差はたったの11分だったそうです。
 火山の烽火再現も保勝会の活動再開時から温めていた企画で、保勝会主催の行事の一つとして取り組みたいと考えていましたが、単独のイベントではなく、ガイドツアーの「びっくり」として実現されました。
 
 ところで、火山のノロシは“伝説”なのに何で、「2,668年ぶり」とえらく細かい数字が出てくるのかということですが、神武天皇の即位が紀元前660年で、府中の埃宮に渡ったのがその3年前ということでノロシ復活が「2,668年ぶり」となるわけなんです。
 これは、昨年9月に保勝会で発行した「山本大水害と火山のお話し」の解説にも書いてありますが、ほとんどの歴史家が実在しなかったと考えている神武天皇の即位を、明治5年の太政官布告第342号で、時の政府が「紀元前660年」と“決めた”ことによります。これは1,260年周期で大革命が起こるという中国の讖緯説(しんいせつ)に基づき、推古天皇が斑鳩に都を置いた年(901年)から1,260年引いた計算によるもので、歴史考証とは無縁のものです。

 じゃあ火山なんて歴史とは無関係なつまらない山なのかというと、いえいえ決してそんなことはありません。それはまた次回に。

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2005年10月 2日 (日)

「おみやげ」と「びっくり」

 「ガイドツアー」「史跡めぐり」に関してもう一つ話題があります。
この日のイベントにあわせて保勝会では、「おみやげ」と「びっくり」を用意しました。「おみやげ」は、9月19日に安佐南区民文化センターで行われた「武田山シンポジウム」の講演記録です。

 シンポジウムでは、広島経済大学の学生さんの作成したプロモーションビデオの上映、基調講演、パネルディスカッションが行われました。
 基調講演は、日本の古建築に関する文化財学がご専門で広島市文化財審議会委員などを務めておられる広島大学大学院文学研究科教授の三浦正幸先生が行いました。講演の1週間前に登ったのが武田山への初登山だということでしたが、私たち素人が何度となく通っていても全く気づいていなかった館跡北側の「仕切門」の存在などを、復元図なども駆使して説明され、銀山城が中世の山城としては全国有数の規模を持つものであることを詳しく語られました。

 講演のあとのパネルディスカッションにも保勝会の村越顧問、郷土史家の村岡先生等とともにパネラーとして参加され、現在の県指定の史跡にとどめず国の史跡に指定されるべきだと語られました。また、国の史跡化の条件として、「史跡自体のもつ価値」「地元住民の熱意と活動」という二つはそろっており、あとは「地元教育委員会がいかに頑張るかだ」と指摘をされました。

 シンポジウムに参加されていない方にも、ぜひ三浦先生のお話を聞いていただきたいという思いから、保勝会で録音していたテープを起こし資料を150部作成し、「ガイドツアー」「史跡めぐり」の参加者に「おみやげ」として配布しました。ボランティアガイドの説明とあわせて武田山への理解をより深めていただけると思います。
 
 もう一つの「びっくり」については次回に。

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ガイドツアー・史跡めぐり無事終了

 広島市の行う「ひろしま八区覧会・八区物館」の、安佐南区でのメインイベントである「武田山ガイドツアー」「武田氏ゆかりの史跡めぐり」が本日行われました。保勝会のメンバーもガイドボランティアとして参加し、いくつかの史跡のガイドを担当しました。
 時折小雨もふり、必ずしも良いコンディションとは言えませんでしたが、ガイドツアーには約120名、史跡めぐりには約30名の参加者があり、中には県外から申し込まれた方もおられ、曇天を吹き飛ばす熱気にあふれた1日でした。
 この日のために保勝会のメンバーはガイドボランティア養成講座で勉強を重ねたほか、参加者が歩きやすいように草刈りの作業や、クワで道幅を拡げたり、急な斜面には段差を付けるなど作業を進めてきました。また、この時期に被害の多いスズメバチについても点検を行って館跡と上高間にあった巣の駆除も行いました。
 このような事前準備と当日の多くのボランティアのスタッフのがんばりで、参加者の皆さんには自然と歴史に触れ満足していただくことができたのではないかと信じています。今日参加された方が、このイベントを契機に何度も、家族や友人、知人を連れて武田山に再び足を運び、山がますます賑わうことを期待しています。

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やんすけサンCDのための録音を行いました

 さる7月10日の第2回登山会では、雨の中、東亜地所の社員でもあり劇団hamachi主義所属のアクターでもある河野 寛さんに「山本村のやんすけサン」に熱のこもった朗読をして頂きました。
 この朗読を、登山会だけのイベントとして終わらせず、広く山本の「湯つぼ」を知ってもらうためにCDにする計画は、6月のRCCのニュースでも報じられています。当初は、朗読だけ収録したCDにする予定でしたが、「やんすけサン」の原作の小田 祈さんに広島ジュニアコーラスの谷先生を紹介していただき、コーラスも入れたCDにするよう計画がふくらみました。
 編集作業の能力のない素人がCD作成に携わるため、できればコーラスと朗読を同時に収録したいと考えて、河野さんとジュニアコーラスの皆さんのスケジュール調整をはかってきましたが、10月1日(土)にまずコーラスパートのみ収録をおこなうことになりました。
 ジュニアコーラスの練習の貴重な時間を割いて頂き、練習会場の祇園公民館ホールにおじゃましました。小学校低学年から高校生までのメンバーの皆さんを、谷先生が時には面白く、そして本番ではキリッと指導され、1時間あまりの収録はあっという間に終わりました。
 今後、朗読バーとの録音を行い、できるだけ早くCDを誕生させたいと思います。谷先生、そして広島ジュニアコーラスの皆さん、ご協力本当にありがとうございました。

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