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2006年7月

2006年7月30日 (日)

お披露目式のテレビ放送が決まりました

 7月23日に行われた、お披露目式のテレビ放送の日時がわかりましたので、お知らせします。

 ・放 送 局 中国放送(RCCテレビ)
 ・放送日時 8月26日(土)午後4時55分~午後5時
 ・番 組 名   「ひろしま元気100倍!」(広島市広報番組)

 お披露目式に参加された方は、当日の感動を再び呼び起こしていただき、参加できなかった方は当日の様子を知っていただき、そして、まだ火山公園に来たことのない方は、テレビを見てぜひ現地に足をお運びください。
 どうぞ、お見逃しなく!

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2006年7月25日 (火)

お披露目式のお礼

 23日のお披露目式は、途中から傘の花の開く中での進行となりましたが、270名の皆さんにお集まりいただき盛大に挙行することができました。

 会場には、公園整備の作業中に保護され、今は尼子建設様で育てられている可愛いイノシシの子ども「うり坊」が登場し人気を集めました。また、9月3日に予定している登山会の前宣伝を兼ねて、水越峠の「水越名水」と大町の「大町観音水」の試飲コーナーを設け、火山公園までの坂道を登ってきた参加者の皆様にふるまい、「とてもおいしい水ですね」とこちらも好評でした。

 火山公園の柵の内側を新たに「鹿ヶ谷砦」(ししがたにとりで)と命名し、アトラクションでは山陽太鼓“弾”の皆さんが迫力ある太鼓の演奏を披露しました。地面を震わせる太鼓の響きと見事なバチ捌きに拍手が鳴りやみませんでした。

 参加者の皆様、ご来場誠にありがとうございました。また、ご来賓の皆様をはじめ多くの方よりご厚志を賜りましたこと重ねてお礼申し上げます。

 ※22日の前夜祭、お披露目式後の反省会と続けてビールを痛飲し、どうも筆が進まないため詳しい報告はまた後日させていただこうと思います。

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2006年7月23日 (日)

お披露目式は雨天決行です

 おはようございます。
 天候以外は準備万端整い、いよいよお披露目式当日となりました。

 梅雨の長雨で準備がなかなかはかどらず、やきもきしましたが、昨日までに公園周辺の雑木伐採・草刈りを行い、観覧スペースも十分確保しています。公園入口の市道も区役所にお願いして道路の補修をして頂きました。地元の尼子建設様には、軽トラ10杯分のマサ土を提供して頂き、火山公園内の整地を行い、あずま屋の手前のスロープに木の階段をしつらえました。公園入口と登山道入り口の柱にはそれぞれ銘を彫り込み墨入れをしています。彫り込みの作業は幹事の高月さん、柱の上にかぶせた銅板の帽子の製作は山本さんで、ご両人の職人技が光っています。作業道具や木材を撤去して完成となった公園の新しい姿には、これまで訪れた事のある方もきっと驚くはずです。

 昨夜は、6時30分から幹事の俵さんの主催する「おやじの会」のおやじ達が公園に集まり、宇品の花火を見物しながらのお披露目式前夜祭が大いに盛り上がりました。また、近所の子どもたちもやぐらに登り、花火があがるたびに歓声をあげていました。

 お披露目式の開会は13時です。テレビの取材も入ることになっておりますので、多くの皆様にご参集いただき、皆様の熱気でうらめしい雨雲を吹き飛ばしていただきたいと思います。
 ご来場心よりお待ちしております。

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2006年7月18日 (火)

『原爆献水』をご存じですか(2)

ずいぶん間が空いてしまいましたが、前回の記事の続きです。前回紹介したリンク先の手記をぜひもう一度お読みください。

 広島に61回目の夏が訪れようとしています。61年前の8月6日、たった一発の原子爆弾によって街は廃墟と化し、業火の中で人々は生きたまま焼かれ「水をください」と呻き彷徨いながら亡くなっていきました。

 比治山の防空壕の中で助けを求める重傷者に、宇根利枝さんは水を飲ませてあげることができませんでした。「原爆の毒のせいで水が汚れている。飲ませたら死んでしまう」と人にきつく止められたからです。戦後も水を飲ませてあげることができなかったことを悔い続けた宇根さんは、昭和30年登山の最中、己斐の「滝の観音」に出会い、その流れ落ちる清らかな滝水を見て「原爆で亡くなった人たちに飲ませてあげたい」と思います。
 そして、安佐北区から江田島まで120カ所の慰霊碑を巡り、小さなコップに入れた水を供える取り組みを一人ではじめられたのです。(中国新聞の関連記事はこちら)
 やがて、昭和49年からは8月6日の早朝、式典の前に平和公園の慰霊碑に遺族や地区の代表が集まり市内16カ所の水を捧げる「原爆献水」の儀式が、広島市主催で行われるようになりました。

 毎年この式典に献水者として参加し続けた宇根さんは、平成16年、その献水者の役目を谷安啓さんという若者に託します。谷さんは、宇根さんを紹介した一本のビデオを見て「とにかく何か手伝いがしたい」と2年前から宇根さんと一緒に慰霊碑廻り始めたダンスが得意な青年です。戦争を知らない世代に献水が引き継がれ、8月6日の「あの日」が忘れられることは今後も決してありません。
 宇根さんは今もお元気で、日本国内のみならず外国からも「慰霊碑に供えてください」と送られてくる水を入れたカートを引いて慰霊碑をめぐりつづけておられます。(中国新聞の関連記事はこちら)

 原爆献水をめぐる宇根利枝さんと若い谷安啓さんの物語は、平成16年に『夏の花たち  -ヒロシマの献水者宇根利枝物語』(ひくまの出版 鈴木ゆき江・作 本体価格1,300円 四六判(19.5×13.5cm) 170ページ)という本になっています。この夏、是非子どもたちに読ませたい一冊です。
(ひくまの出版 紹介ページ1)
(ひくまの出版 紹介ページ2)

 また、本日から4日間の日程で原爆献水の写真展が開かれています。是非多くの方に会場に足を運んでいただきたいと思います。

    ☆原爆献水16ヶ所の水場写真展
    ~原爆献水は名水を供えましょう~

 日 時:7月18日(火)~7月21日(金)
     
午前10:00~午後18:00
      (初日は搬入時間、最終日は搬出時間が組込まれてます。)
 
 場 所:NTTドコモ中国広島市中区大手町4-1-8

 主 催:広島の水場を守る会

  写真資料提供、錦川鯉さん。水琴窟も展示します。

 原爆献水16ヶ所の水場写真展告知記事は、文化情報マガジン「TO you」2006.7月号p13にも掲載されています。この写真展を企画した広島の水場を守る会の代表、錦川 鯉(にしきがわ こい)さんは、県内600カ所以上の水場をまわり「名水賛歌」という本を出版されています。次回は新聞、テレビからも熱い注目をあびているフリーライター、錦川 鯉さんを紹介します。

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2006年7月17日 (月)

夏の登山は水分補給を十分に

 7月13日、武田山の麓の山本小学校6年生の皆さんが社会科の歴史学習の一環として武田山登山を行いました。この登山には保勝会から10名が参加し、ガイドと登山の安全確保のお手伝いをしました。

Simg_4985_3 ←子どもたちに解説をする養祖さん。幹事は黄色のベストを着用しました。(クリックして拡大)


 学校を出発し武田氏の墓を最初に訪れ、憩いの森から馬返し経由で頂上をめざし、下山路は観音堂から馬場跡、櫓跡を通り鹿が谷に降りる最も一般的なコースを回りました。
 事前に6年生から武田山についての質問カードを受け取り、それぞれの史跡で古川副会長や幹事の高月さん、養祖さんが解説を行ったほか、千畳敷では、大町からの登山道の整備などをボランティアで続けておられる高木さんが、屋敷の想像図を子どもたちに見せながら説明を行いました。19日に大町小学校でも同様の武田山登山が予定されており、高木さんはその下見を兼ねての特別参加です。

 出発時は山頂が雲に隠れ雨降りが心配されましたが、すぐに青空が広がり厳しい日差しの中での登山となりました。3月にも武田山に登った子どもたちでしたが、異なる季節の登山は勝手が随分違い、登り道で持っていた水筒をほとんど飲み干してしまった子どもや暑さで気分の悪くなる子どもが出るなどトラブルも起こりました。
 下山路途中まで幹事の児玉さんが気分の悪くなった子どもを背負って降りましたが、幸い自力で歩けるまで回復し、登山道の入り口まで迎えに来てくださった校長先生の車に乗って帰校したため大事にはいたりませんでした。

 これから暑さがますます厳しくなる季節です。標高500mに満たない低山と侮って十分な水分補給を怠ると、急激な体温上昇による熱中症の発症や、血液濃縮による循環器系の合併症、血栓形成による脳梗塞など招く危険があります。特に中高年の皆さんは、リュックの中に予備の水をペットボトルに入れて忍ばせておき、休憩を早めにとるなど事故のないよう夏山登山を楽しんでいただきたいと思います。

 山に登ると水のありがたさ、大切さを自分の身をもって知ることができます。保勝会ではこの夏、武田山の「水」に注目した企画を進めて参ります。23日のお披露目式以後の行事にもご期待ください。

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2006年7月11日 (火)

お披露目式の準備は進む

 23日のお披露目式に向けて準備作業はピッチをあげて進んでいます。
 東屋(あずまや)建設の仕上げに取りかかっていた去る7月5日には、中国新聞の山崎雄一記者が火山公園に取材に訪れ、翌6日の夕刊に写真入りで記事が掲載されました。

Sisigatanitoride ←クリックすると拡大します





 9日の日曜日には、竹製の雨樋を取り付けるなどの最終仕上げを行い、組んでいた足場も撤去しました。また、公園内の人の流れをスムーズにするため、櫓(やぐら)から外へ出るための階段も斜面に新たに設置しました。
 今後は、16・17日の両日に幹事が集まり、太鼓演奏をできるだけ多くの人に楽しんでいただけるよう、周辺の雑木などを刈って観覧スペースを作る作業を予定しています。

 お披露目式の案内は、山本小学校の児童の皆さんにチラシをお配りしたほか、地元山本地区の連合自治会長の大向様にお願いして、各自治会の回覧板でも回していただけることになりました。当日は、多くの皆さんの参加をお待ちしております。

回覧板でまわしていただく案内文書はこちらです(PDF形式142KB)

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2006年7月 3日 (月)

7.23 櫓と東屋建立お披露目式のご案内

 昨日、お知らせしたように東屋(あずまや)が新たに登場し、3月に復元した中世の櫓(やぐら)がそびえる火山公園を“町のシンボル”として広く認知していただき、地域の活性化と市民交流に貢献していきたいと考えています。

 このため、山に登られる方や散歩でこられる方以外にも、もっともっと火山公園を多くの方に知っていただくために、今回の東屋建立を契機にお披露目式を開くことになりました。
 和太鼓演奏や紅白の祝い餅配りなど楽しいアトラクションも予定しています。ぜひ、大勢の皆様のご参加をお待ちしております。

           ※ お披露目式要項 ※

 ・日     時 平成18年7月23日(日)13:00~14:30
 ・アトラクション 山陽高校音楽部“弾”による和太鼓演奏
             紅白祝い餅配りなど
 ・問  合  先   祇園西公民館(電話082-875-1760)


 山陽高校音楽部“弾”の皆さんは、平成9年度から和太鼓に取り組まれ、各地のイベントで演奏を披露しています。その実力は、第三回日本太鼓ジュニアコンクールで特別賞を受賞されるなど折り紙つきです。
(演奏履歴などはこちらのホームページをご覧ください)

 なお、会場には現在は駐車スペースがほとんどありませんので、車での来場はご遠慮いただくようにお願いします。

お披露目式のポスターができました。(PDF形式、626KB)クリックしてご覧ください。

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2006年7月 2日 (日)

ホタルは終息、火山公園に東屋(あずまや)登場!

 1ヶ月に渡って多くの人に楽しんでいただいた東山本川のゲンジボタルですが、現在鹿が谷で見ることのできる成虫は数匹となり、ほぼ終息を迎えました。鹿が谷より10日余り遅く羽化し始めた青原広場でも、採卵のために成虫を採取したためこちらも2~3匹という状態です。
 多い時にはそれぞれ20~30匹程度が舞う姿が見られ、「乱舞」とは言えませんでしたが、30年ぶりにまとまって光る光景は昔を知る人の郷愁を誘い、放流1年目としては満足のいく結果となりました。
 これから卵を採取、孵化させ、水温管理やヒルの食害などの昨年の失敗を生かし幼虫を大切に育てていく計画です。地元の山本小学校でも3年生の子ども達が幼虫の飼育に挑戦をすることになっています。来年は、西山本でもホタルが舞い、市内中心部から一番近い「ホタルの里」と呼ばれる事を早くも夢見ています。

 ホタルと別れを惜しむ間もなく、新しく登場したのが火山公園(ひやまこうえん)の東屋(あずまや)です。 東屋とは、「東国の田舎屋」の意味で、方形の屋根を壁のない4本の支柱で支えた建物です。“四阿”とも書き、主に庭園などの休憩所として作られます。

 武田一族の墓の追悼式準備を行った6月11日に、火山公園の白布のテントを移動させ東屋建設の準備が始まりました。水平に整地し、柱を立てる箇所の穴掘り、屋根に葺く杉皮の整形など準備を進め、7月1日(土)、あいにくの雨模様の中、山本9丁目の吉野建興様の指導を受けながらやぐら同様、クレーンなどの重機は一切使わず、10名あまりの人数による手作業で組み立ての作業を行いました。
 次の日の日曜も数名が朝から屋根葺きの作業や周辺の草刈りなどの作業を精力的に進め、堂々とした姿がほぼ完成しました。今後は、樋の取り付けなど残りの作業を行い、山本小学校の6年生の児童が総合学習で武田山登山を行う、7月13日までには仕上がる見込みです。

Simgp104101 ←火山公園に姿を現した東屋(クリックして拡大)

 

 四方に壁のない東屋は誰でも自由に集い、知らない人同士でも櫓や市内の景色を眺めながら気軽に語りあえる交流の場として育っていくことを願っています。

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