武田山に夜登る ~眼下に180度広がるクリスマスイルミネーション~
「武田山からの夜景が綺麗だと聞いたんですが。」
「そりゃあ綺麗なものだよ。」
「夜景を見に登ってみようと思うんですが。」
「武田山に登ったことあるの?」
「いや、実は登ったことないんです。大丈夫ですかね。」
「初めての山に夜一人で登って大丈夫なわけないでしょう!よし、案内してあげる!」
武田山の夜景についてはこのブログでも過去テキストで紹介(こちらとこちらの記事)したことがありますが、山頂からの写真を紹介しているホームページがいくつかあるようです。尋ねて来たのは中国新聞安佐南区担当の岩成俊策記者。現在、新年5日の特集記事で武田山を取り上げるべく記事を執筆中です。
山頂へは青原広場改め鹿ヶ谷ふれあい広場へ車を止めて登るのが近道ですが、初登山ということで、区役所の登山マップで紹介されている武田山憩いの森からのもっともポピュラーなコースを選びました。
2人で登っても寂しいので強力な助っ人を用意。武田山に昨年は300回以上登られた高木さん、植物の事はなんでもござれで銀山城の歴史にも詳しい「帆立のneko」こと小方さん、名水賛歌でおなじみ名水フリーライターの錦川鯉さん。5名のパーティーで夕方4時前からアタック開始です。
道の荒れた大手道は避け、散策コースを通って祇園北高校からの登山道と合流、銀山城時代米倉があったといわれる「大倉屋敷跡」から「馬返し」に抜けました。
「馬返し」からは雨水で尾根道が削れ、1m以上えぐれた急坂を登り、近世の城の“枡形(ますがた)”の原型と呼ばれている「御門跡」に到着。夕日が市内を染めていきます。
ここで、2週間の風邪ひきが治ったばかりの錦川さんがダウン。高木さんとゆっくり登ってきてもらうことにして先を急ぎます。
「御門跡」から登山道は直角に折れ、「千畳敷き」を過ぎると、まもなく標高410.9mの武田山山頂です。
「おい、あれを見てごらん!」と小方さんの指さす方角には、見事なオレンジ色の太陽が山の端に隠れようとしています。岩成さんが夢中でカメラのシャッターを切ります。
しばらくして、錦川さんも高木さんと無事山頂へ到着。全員で頂上からだんだん暗さをましていく市内の景色を楽しみました。頂上では、かつては鳥居が置かれていた「御守岩(ごしゅいわ)」、いつも水が溜まっていて涸れることのないという不思議な岩のくぼみ「鶯の手水鉢(うぐいすのちょうずばち)」などを見学しました。
頂上をあとにした一行は、暗くなった山道を慎重に進み、「観音堂跡」から「上高間(うわたかま)」に向かいます。
「上高間」の尾根の突端には大岩が座り、この岩の上に立つと眼下に180度市内の大パノラマが広がります。ここは、武田山随一の絶景ポイントなのです。
めいめい腰を下ろして、陽が沈み西の山の端がオレンジから紫、そして紺色へと変わり、街の灯りが輝きを増していく様子を眺めます。幸いこの日は、寒さも気にならず夜景を堪能することができました。
マリーナホップの観覧車のライトの明滅、車のヘッドライトやテープランプがゆっくりと流れていく様子を見ているうちに、写真では決して伝えられない不思議な感動を覚えます。
飽きるまで夜景を堪能し、懐中電灯の明かりを頼りに慎重に下山します。
「下高間」から「馬場跡」へ向かい、少し引き返して「水越峠」に向かう新道を通って、「鹿ヶ谷ふれあい広場」へ降りてきました。広場では19日に火入れをした「鹿ヶ谷炭窯」の火の番でみどり会代表の稲田さんご夫妻が待っていました。
稲田さんから熱々のしょうが湯をいただき、体も心もポカポカ温まって、「今度は車は置いてきて山の上で酒盛りをしましょう!」と約束し帰路につきました。
(おことわり)
このブログは自分の足で登らないと見ることの出来ない武田山の夜景のすばらしさを皆さんにお伝えしたく書いたものです。登山道にはもちろん街灯などありませんので、低山といえども夜山に登ることは、道迷いや転落など重大な事故につながる危険性がつきまといます。一人では決して登らないよう、また、グループで登られる場合も十分な準備をして自己責任で行動していただくよう、くれぐれもお願いします。
| 固定リンク


コメント
山頂の夜景すばらしさが 伝わってきました
けだし
下りは コメントのとうり です
山のぼりの怪我は 下りで 95%です 捻挫 骨折
アルプスでは 滑落など
投稿: 藤川昌寛 | 2009年1月 1日 (木) 14時21分