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2009年1月

2009年1月31日 (土)

チッパー機大活躍!ご褒美は武田山にかかる虹

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2009年1月30日 (金)

中国新聞で紹介されました

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2009年1月25日 (日)

里山整備の智恵と経験をまちづくりにも活かします!

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2009年1月14日 (水)

人間性回復の山、武田山

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 1月14日の中国新聞朝刊投書欄の「記者手帳」に、安佐南区担当の岩成俊策記者が登場しました。こちらで紹介した12月20日に登った夜の武田山のことを記事にされています。さすがプロ。短い行数で夜景のすばらしさを的確に表現、安全への配慮も忘れてはいません。

 これまでも取材のお手伝いで、岩成記者や前任の安佐南区担当の記者の人たちと武田山を歩いてきました。皆さん20代の若者達でしたが、一様に武田山のファンになってくれました。岩成記者も「武田山に取材に来ると楽しくなるんです」と話してくれます。

 里山の自然や歴史を子や孫の代に残したいとはじめた「里山環境保全みどり会」の活動を、若い記者達がその筆で伝えてくれる。70代のメンバーはそのことがとても嬉しいのです。

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2009年1月 5日 (月)

中国新聞に武田山の特集記事 ~にぎわい 城跡から創出でござる~

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「う~ん、ちょっと違うかなあ」
1月5日の特集記事の執筆のため岩成俊策記者は年末、精力的に武田山関連団体をまわって取材を進めておられました。みどり会も取材に協力して、稲田さんらが子ども時代の里山の様子、以前の荒廃した山の様子、平成17年の「ひろしま八区物館・八区覧会」を契機として各団体が活発に活動を行い山がよみがえってきた経過などを説明しました。

 冒頭のセリフは、岩成記者から「では、平成17年以前は武田山に登る人などはほとんどいなかったのですね?」と聞かれ、出てきた言葉です。
 武田山は広島近郊の山登りのガイドブックには必ず出てくる山ですし、昭和31年には標高250m以上が県の史跡にも指定されています。「登る人がほとんどなかった」と記事に載せては間違った表現になるでしょう。

 しかし、十数年前に安芸武田氏の居城があったという事もよく知らず武田山に一人で登った時の事を思い出します。季節は初夏の頃だったと思います。登山道は草ぼうぼう、松枯れで倒れた松が放置され、道をふさいだ箇所もありました。草の中の一筋の踏み跡がかろうじてそこが道だと教えてくれます。その草の中に石柱が頭をのぞかしていました。草をかき分けて見ると「馬場跡」という文字が彫られています。馬をつなぎ止めておく駐車場のような場所だと考えられ、現在は広く草が刈られ広場のようになり、馬に飲ませた水場の跡も見つかった「馬場跡(ばばあと)」ですが、その時はとてもそのような場所だと実感することはできません。

 急坂を登った「観音堂跡(かんのんどうあと)」には、武田山の史跡の説明が書かれた白い大きな看板が台風の時に倒れたものか折れ曲がり半ば落ち葉に埋もれ、看板を建てていた柱や枠はもうなくなっていました。なんだかとてもわびしい気分になってきました。観音堂跡の裏手を火山に少し寄った藪の脇には「弓場跡(ゆみばあと)」の石柱がありました。「弓場?」何のことやらさっぱりわかりません。藪を刈り石柱の奥から細長い曲輪(くるわ)が姿をあらわして、その名前に「ああ、なるほど」と納得がいくのは平成17年まで待たなければなりませんでした。現在は手づくりの弓矢や的が置かれ子どもたちが楽しんでいます。

 頂上に到着すると、今もある説明版が当時は市内の景色をさえぎるように建てられていて、木も茂り展望はよくありません。それより何より笹、笹、笹、笹。笹の間から岩が海に浮かぶ島のように顔を出しています。ここが本丸である「御守岩台(ごしゅいわだい)」と一段下がった「館跡(やかたあと)」と呼ばれる、中世の山城としては屈指の規模を誇る曲輪群とは全くわからず、熊でも出てきそうな雰囲気にあわてて下山したのでした。

 「武田山?ああ、ずぅーっと前に登ったことがあるよ。たいして面白い山じゃあなかったよ。それから行ったことないねえ。」という人はいませんか?その時の武田山はきっとこんな感じだったはずです。山は確かにそこにありました。しかし、残念ながらその魅力を訪れた人に十分に見せることがなかったのでした。
 そんな人こそ、ぜひこの岩成記者の力作記事を読んでもう一度武田山にお越しください。昔には感じられなかった数々の感動が必ずあなたを待っています。

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2009年1月 2日 (金)

みどり会は4日から始動!

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 鹿ヶ谷炭窯新春祝窯開き

日 時 平成21年1月4日(日) 午前10時~
場 所 鹿ヶ谷ふれあい広場
内 容 炭窯窯出し、懇親会

今年のみどり会の活動はこの窯開きからスタートします。
みどり会会員でない方でも、里山づくりに興味のある方は歓迎します。鹿ヶ谷ふれあい広場へぜひお越しください。
※ビール類も提供予定ですので車での来場はご遠慮ください

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2009年1月 1日 (木)

武田山からあけましておめでとうございます

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 あけましておめでとうございます。
 昨年はたくさんの皆さんのご協力をいただき、2年目を迎えた里山環境保全みどり会の大きな飛躍の年となりました。山本大水害の歴史を 伝える三谷川源流石組堰堤の保護やホタルの育成、炭焼き窯のリニューアルなどた びたび新聞やテレビにも取り上げて頂き、11月のもみじまつりには350名もの方に参加していただきました。あらためてお礼申し上げます。
 平成21年も、さまざまな活動を通して里山のすばらしさを地域の皆さんにお届 けし、自然と歴史あふれる武田山界隈をもっともっと元気にしていきたいと考えてい ます。引き続き、皆さんのご協力をよろしくお願いいたします。

 今年最初にお届けするニュースは、先日このブログでもお知らせした「武田山初登山」です。
 午前4時。窓から外を覗くと「・・・・屋根に雪が積もっとる。」
あわてて準備をして、まだ真っ暗な中を集合場所の立専寺(りゅうせんじ)へ向かいます。
幸い、空には星が輝いています。Imgp1127_filtered
 立専寺にはすでに数十名の人たちが集まっていました。例年に比べ、若い人や子ども達の姿が増えているようです。山本学区体育協会大西会長のあいさつがあり、いよいよ出発です。
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 道の脇には雪がうっすらと積もる暗い道を手に手に懐中電灯を持って進みます。
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登山道の入口では消防団の皆さんがポンプ車のライトを照らし、参加者の安全を見守ります。40分あまりで全員無事に頂上に到着、すでに東の空が白みはじめています。山頂には大町や安、祇園からの登山者で200名近い賑わいです。めいめい、ご来光を拝むためこここぞと思う場所に陣取って日の出を待ちます。
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 いよいよ7時28分、山にかかった雲の間から太陽が姿をあらわします。
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誰からともなく「バンザーイ」とかけ声があがります。
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 山頂から見おろす広島市内の街並みは靄におおわれてとても幻想的な光景でした。
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 「100年に一度の不況」といわれ派遣切りや内定取り消しなどのニュースが連日続き、年が明けても出口が全く見えない厳しい状況の中、登山者の皆さんは初日の出にそれぞれ何を祈ったのでしょう。
 辛いとき、苦しいときこそ体を動かし、リフレッシュすることが必要です。「里山」を一過性のブームで終わらせず、人間性回復の場として多くの人に2009年も足を運んでいただききたいと願いました。
2009  しばらくすると太田川に太陽の光が反射して、2つ初日の出が昇ったように見えてきました。こりゃめでたい!皆さんにとってきっと良い年になるに違いありません。 

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