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2011年8月21日 (日)

「山本水害」の歴史を伝える1

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「始めまして。
私達は、広島経済大学経済学部メディアビジネス学科土屋ゼミの3回生です。
 愛知淑徳大学と交流を目的にお互いの地域を紹介するラジオ番組の制作を行っております。今回は、東日本大震災を受け、「災害の記憶」をテーマについて調べています。
 私達のグループは広島経済大学周辺で起きた災害は無いのか調べたところ、1926年9月11日に広島市安佐南区祇園山本川で発生した山本大水害という災害があったことを知りました。
 大学周辺に過去に災害があったことに驚き、私達の地域で起きた災害について知りたいと思うようになり、さらに調べていたところ、里山環境保全みどり会様は山本大水害の歴史の証人である石組堰堤の保全活動を行っていると聞きました。
 災害の記憶を風化させないという思いに感銘を受け、詳しくお話を聞かせていただきたいと考えております。」

 広島経済大学の3名の学生、宮田さん・秋田さん・村上さんからこのようなメールを受け取ったのは6月27日のことでした。稲田会長に相談すると「良いことなので、ぜひ協力しましょう」と即答、まずは実際に水害の跡をたどってみようと7月10日、祇園西公民館から西山本川をさかのぼり三谷川源流の石組堰堤を訪ねる2年前の登山会のコースを再び歩いてみることにしました。

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 この日集まったのは、経大生の村上さん、祇園に公民館の石川さん、広島修道大学の松川先生、そしてみどり会二井屋田副会長、高木さん、畑野の6名です。祇園西公民館を出発し、西山本川の石組みの川土手をさかのぼっていきました。
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 村上さんに二井屋田副会長が水害写真帳の写真を見せ当時の被害の様子と現在の状況を説明しながら、水害の犠牲者が運び込まれた専念寺(せんねんじ)へ到着しました。
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 本堂へあげていただき水害の犠牲者の冥福を祈りました。住職の奥様から水害写真帳のパネルを見せていただきました。この資料は、水害で自宅ごと土石流に押し流されながら奇跡的に助かった益見秀夫(ますみひでお)さん(故人)が、水害写真帳の写真1点1点に当時の場所や様子を書き込まれた貴重な資料です。
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 専念寺を出発、平山八幡神社に入口に立つ「瀬川卯一翁彰徳碑」を見学しました。水害当時の村長瀬川卯一氏は、壊滅状態にあった山本村の復旧に先頭に立ち取り組みました。
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 神社から再び西山本川をさかのぼり、畑小原橋から春日野団地方面に向かいました。
春日野団地の西橋にある三谷川入口に到着したのは、公民館を出発して約1時間後です。
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 昭和の時代のコンクリートの堰堤を3つ越えると、いよいよ三谷川の源流地帯です。この日は水量が多く、沢をまたぐ箇所では安全対策のロープをつかまりながら慎重に進みました。
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 堰堤の上で記念撮影。この後大塚峠へ登り、上観音~湯つぼ跡を経由して西公民館に戻りました。

当日のその他の写真→こちらをクリック

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