« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月

2014年5月29日 (木)

今週末はホタルコンサートにいらっしゃい!

20140529021504

 また、ホタルの季節がめぐってきました。
祇園西公民館で、恒例のホタルコンサートが5月31日(土)18:00より開かれます。

Photo
 5月28日現在、祗園西公民館前の東山本川と西山本川の合流点付近では約20匹のホタルが川面を舞っています。
 この晩、春日野団地西端の三谷川入口ホタル池や黒岩ホタル広場へも観察に出かけてみましたが、昼の夏のような陽気と違いまだ肌寒く、ホタルの飛翔は見ることができませんでした。これからに期待をしたいと思います。

Img_9573

 みどり会ではコンサートの中でホタルの報告を行うほか、コンサート後にはホタルの観察会も行いますのでぜひお越しください!

Imgp9932

 こちらの写真は、昨年の黒岩ホタル広場での乱舞の様子です。今年もこのような光景を見ることを楽しみにしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月27日 (火)

山頂でのドラムサークルで盛り上がった!武田山の日一斉登山

Img_9400_2 上安バスターミナル屋上広場で受付

Img_9405_2 出発式の様子。コースのがいよう説明や引率スタッフの紹介を行いました。今回、ゲストとして「あきく魅力探見隊」の松浦副代表様と児玉様に来ていただきました。
Img_9409 最初に向かったのは安川通り手前の鶏頭原薬師堂。
Img_9416 薬師堂の解説をされた安郷土史懇話会の藤田さんは、ご自宅がお堂のすぐ前でこの薬師堂を守っておられ、誰よりも思い入れの強い方です。それだけに解説には熱がこもります。ちょっと時間が…

 この薬師堂では、村内の野村家、品川家、原田家で作られていた「安の目薬(やすのめぐすり)」のお話しを伺いました。
 安の目薬は、「安の花田植え」「安のついたち灸(きゅう)」と並び、全国的に知られた名物でした。
 目薬といえば今では点眼薬が一般的ですが、塗り薬で、下まぶたに粟粒程度塗り、体温で自然に溶けて眼に入るという仕組みでした。白色でこってりしたクリーム状で、貝殻の容器に入れ赤い紙に包んで売られていました。
 効能書きには、下痢やのどの痛み、痔(じ)から淋(りん)病まで効くと書かれ、花田植えの時には、バケツにこの薬を溶き、牛に飲ませるなど牛馬の下痢止めにも使われました。また演説でのどを痛めがちの代議士たちが、うがい薬として使うと声がよく出るというので、いつも懐に忍ばせて愛用していたそうです。
 こうした評判から、昭和の初期には関西方面はもちろん、朝鮮半島や満州、ハワイなどにも販路が広がったといいます。
 しかし、太平洋戦争末期、目薬の主な材料だった「じゃ香」が中国から入ってこなくなったことや、政府の薬業統合や目薬は液体でないと認めない指導により「安の目薬」は姿を消していきました。
Img_9417  薬師堂の石段を降りると小道が東へ延びています。この幅2m足らずの小道は、かつての古代山陽道と考えられています。
 古代山陽道は大化2(646)年頃、当時の都から九州の大宰府(福岡県)までの約500kmが、整備されたもので、今でいう国道です。馬がやっと通れるくらいの大変狭い道幅で、馬のリレーで大切な文書やお役人を運んでいたということです。
 当時の国道は、都から地方に向かって7本の官道が整備されていました。中でも山陽道は、大陸文化が入ってくる大宰府が近かったため、一番大きな道でした。 安佐南区内では、戸坂から太田川を渡って東野付近に出て、現在のアストラムラインに沿うように相田、上安、伴、大塚を通り、石内方面へ抜けたと考えられています。
Img_9420
 安川通りを横断し安川にかかった「正伝寺橋」を渡ります。 
この橋は昔、庶民が渡る橋ではありませんでした。鷹狩りに来た殿様が通った橋ということで「御鷹野橋(おんたかのばし)」と呼ばれていたようです。
Img_9424
 正伝寺前の公園で解説をされたのは懇話会の佐伯会長。
この正伝寺は、平安時代の中ごろ、武田山の中腹に阿弥陀寺として建てられたのが始まりで、その後、安芸国守護銀山城主・武田伊豆守信宗の菩提所となり、寺号も光賢寺(こうけんじ)と改名。それから約250年間、武田家の手厚い保護を受け、ますます栄えました。今でも本堂の扉には、武田菱の家紋が刻まれています。
 本願寺の顕如(けんにょ)が織田信長の攻略によって大坂石山に篭城した際、当時の正伝寺住職・願誓(がんせい)は、多くの信徒とともに本願寺救援に赴き、大坂で戦死。以後、正伝寺の名声は全国に響き渡りました。そのことを示す顕彰状が、本堂に飾られているそうです。
Img_9425
 武田氏が滅んだ後、江戸時代に入ってからも福島氏、浅野氏とも良好な関係が続きました。境内にあるクロガネモチの巨木は豊臣秀吉の命で朝鮮出兵した福島正則が、朝鮮半島から持ち帰ったクロガネモチの苗が育ったものと言われており、県の天然記念物に指定されています。
 浅野家4代目藩主、浅野綱長は、鷹狩りの途中にたびたび立ち寄り、当時の安村を写生した自筆の山水画を寺に残しています。この絵の中にクロガネモチの大樹も描かれています。
Img_9433  次に一行が向かったのは団地の一角の墓地内にある「武田家一族の霊碑」。ここでは郷土史懇話会の小山さんが解説をされました。

霊碑の碑文には次の文章が刻まれています。
天文(てんぶん)十年(1541)五月十三日、武田城落城に臨んで、城主武田光和(たけだみつかず)公は、「苟(いやしく)も大和武士として、主たる者を騙し打ちとは卑劣至極」とその不信を慷慨(こうがい=怒り嘆く)し悲憤の中に自刃し玉えりと云う、蓋し(けだし)興亡常なき戦国武将の宿命と謂うべきか、
 茲(ここ)に、懺悔しつつ幾多の無縁塚を供養して一族郎党の菩提を弔うことを通じて全世界の恒久平和を衷心より祈念するものである、  末裔 佐々木清一誌(しるす)
 33歳で病死した和光を、「自刃」とするなど今知られている史実とは異なる記述もありますが、碑の横の草むらに積まれた五輪塔とともに毛利元就によって滅ぼされた武田の無念がひしひしと伝わってきます。
 碑の側面には次のように書かれています。
昭和三十九年九月 武田家一家老品川家品川源助三男清一
         お多福造酢株式会社 社長 佐々木清一 建之
 そうなんです。
 この碑を建てた佐々木清一氏は、あのオタフクソースの創業者なんです。武田山と関係があったとは驚きですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月18日 (日)

武田山の日一斉登山、AL上安駅コースのご案内

S3

 5月25日の開催が近づいてきた「武田山の日一斉登山」。
今回ブログ管理人は、アストラムライン上安駅コースに初めてスタッフとして参加します。
安方面からの山登りの経験はありますが、コースの下見を何回か行ってこれまで気づくことのなかったこのコースの謎や魅力を知ることができました。いくつか紹介したいと思います。

 Imgp8968

 まずはこちら。アストラムラインに乗って安方面から武田山を眺めると山の中腹、ゴルフ場のみどりのフェンスの隣に茶色のかなり大きな構造物があるのがずっと気になっていました。

Imgp8766

 一見ビルのようにも見えますが、目をこらして観察すると窓が一つもないのがわかります。「武田山のヌリカベ妖怪」とも噂されるこの構造物の正体とはいったい何か?
 下山時に少し回り道して現地を訪れる事になりましたので、解答は参加者の方ご自身で確認していただきたいと思います。

Imgp8778

 上安駅で出発式を行い、最初に向かうのが安川通りの手前にある「鶏頭原薬師堂(けいとうばらやくしどう)」です。昔は鶏頭院と言い銀山城主武田家の祈願所でしたが、武田氏が毛利氏に滅ぼされたのち、野村家の敷地のこの場所にご本尊の薬師如来を移してから、鶏頭原薬師堂と呼ばれるようになりました。
 この野村家のほか、村内の品川家、原田家で太平洋戦争末期頃まで作られていたあるものが、全国的に有名でハワイにまで輸出されていたといいます。
 それは一体なんだったのでしょう?当日は登山口までの町歩きの見どころの紹介を「安郷土史懇話会」の皆さんがされることになっておりますので、解説を楽しみにしておいてください!

Imgp8990

 鶏頭原薬師堂の石段を下ると、足元にすり鉢状の窪みがいくつもあるのが気になります。これは「盃状穴(はいじょうけつ)」といい古い神社や寺院の手水鉢や灯籠に見られるもので、主に参拝の女性たちが時間をかけて削ったといわれていますが、その目的は今では忘れられてよくわかっていません。

Imgp8992

 石段を降りると狭い道が東に延びています。
どこにもある路地裏のような通りですが、1400年近くも前に造られた歴史的に大変重要な役割を担っていた道なのだそうです。さて、この道の果たしていた役割とは?

Imgp8815

 安川通りを横断し安川にかかる「正伝寺橋」を渡って次に向かうのは「正伝寺(しょうでんじ)」です。この小さな橋は、江戸時代には庶民が渡る橋ではありませんでした。
 「御鷹野橋」とも呼ばれたこの橋を誰がどんな目的で渡ったのでしょうか?

Imgp8823

 正伝寺は、平安時代の中ごろ、武田山の中腹に阿弥陀寺として建てられたのが始まりで、その後、安芸国守護銀山城主・武田伊豆守信宗の菩提所となり、寺号も光賢寺(こうけんじ)と改名。それから約250年間、武田家の手厚い保護を受け栄えました。
 本堂の木扉には武田家との深い関係を示すものを見ることができます。さてそれは何でしょうか?

Imgp8830

 境内の幹囲が3.4mもあるクロガネモチは県天然記念物に指定されています。
このクロガネモチはある武将があるところから持ち帰ったものだと伝わっています。その武将とは?いったいどこから?

Imgp8878

 正伝寺を出発し、次に向かうのはニューハイツ高取の団地の一角の墓地の中にある「武田家一族之霊碑」です。
 武田氏家臣だった品川家の末裔によって建てられ、草むらの中には小さな五輪塔が放置され、武田氏滅亡の哀れさを感じさせます。ここには、武田元繁(有田合戦で戦死した武将)に勤仕した三浦新右衛門和親の墓誌もあります。
 昭和39年にこの碑を建てた佐々木清一氏は、広島なら知らない人はなく今や全国的にも有名なある会社の創業者です。さて、その会社とは?
 「武田山とつながりがあったのか! 」ときっと驚かれることでしょう。

Imgp8480

 東亜ハイツを抜け山道に入ってしばらくすると、左手に小滝があり、「夜珠の滝」と標識が立っています。登山道を整備した「武田山山遊会」の皆さんがコースの名所にしようと名づけたものです。
 「夜珠」とは、この地域の「安(やす)」の古い書き方で、安川沿いにある光明寺に保管されている、正安2(1300)年に武田信隆が寄進した鰐口(わにぐち=軒に吊るして打ち鳴らす仏具)にもこの「夜珠」の字が刻銘されています。
 江戸時代の地誌「芸藩通志(げいはんつうし)」に、「端午の比、殊に多く群り、川を隔てて合戦の体をなせり」と形容される、地名の由来となった夜の珠(たま)とは一体なんでしょうか?

Imgp8522

  平成18年度から、「正伝寺」の前身として言い伝えられている「光賢寺」があったとされる場所を、古くから地元に住んでおられる住民の方等のお話をもとに特定し、地域住民の憩いの場とするべくを持ち整備をされ、現在はきれいな広場となっています。
 まだ光賢寺が確かにあったという証拠は見つかっていませんが、平成23年にあるものが発見されました。そのあるものとは?


 上安駅コースはコースは次のグーグルマップでも確認いただけます。ストリートビューでイメージトレーニングのうえ、コース上の謎の解明を当日はおおいに楽しんでください。

より大きな地図で 「武田山の日一斉登山」AL上安駅ルート決定 を表示

| | コメント (0) | トラックバック (0)

松本さん、手づくり村じゃあなく「鹿ケ谷ふれあい広場」です!

 

Jbn0oixhzhielh_2

 5月17日放送の「あっぱれ!熟年ファイターズ」武田山特集の取材にあたって、里山環境保全みどり会は、登山コースの提案や引率者のコーディネートなどのお手伝いをしました。おかげさまで番組内で、みどり会の紹介をしていただきました。

20140517_852480dot_46m46smp4_snapsh

 だがしか~し、松本裕見子さん!”てづくり村”って名前じゃあなく「鹿ケ谷ふれあい広場」って言うんです!

   
より大きな地図で 鹿ヶ谷ふれあい広場案内図 を表示

 ふれあい広場は武田山のふもと、東亜ニュータウン春日野東隣の谷「鹿ケ谷」にあります。整備を開始した当時は雑木が生い茂り、不法投棄のゴミも目立つ荒れた状態でしたが、「公益信託まちづくり活動支援資金(ふむふむ)」や「ひろしまの森づくり県民税」などの助成も受けながら整備を進め、みどり会の活動拠点としてまた地域の皆さんの憩いの空間として親しまれています。

 広場内では、キノコ栽培やカブトムシの育成などを行い。畑にはかわいいヤギもいます。
春の「山菜まつり」と秋の「もみじまつり」は里山環境保全みどり会の定例イベントで、毎年多くの方が里山の自然体験を楽しんでいただいているほか、お母さんたちの自主保育グループ 「森のようちえん まめとっこ」などへ活動場所を提供しています。

 広場には駐車場もありますので車でお越しいただくことも可能ですが、道路が狭くガードレールのない谷もあるので、運転にはくれぐれもご注意ください。広島交通春日野団地行きバスの終点「春日野バス停」より徒歩10分ですのでこちらがお勧めです。

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あっぱれ!熟年ファイターズに登場した大町観音水とは

Imgp6703_tonemapped本日放送の「あっぱれ!熟年ファイターズ」に登場した「大町観音水」。名水を自分でも味わってみたいと思われた方も多いでしょう。

 この大町観音水の場所は、広島市安佐南区大町西二丁目35-1の広島市立安佐南中学校裏手の山の中です。周辺は団地で車を止める場所は全くありませんし、入口から水場まで十数分かかりますので、ポリタンクを積んで車で汲みに来るということはできません。

 最初にこの点をご理解いただいて、公共交通機関でお越しいただきたいと思います。武田山登山や武田山から鈴が峰までの「広島南アルプス縦走」にチャレンジされる方はぜひお立ち寄りください。

  数百年昔の中世の時代、武田山にあった銀山城(かなやまじょう)の殿様が、可部の高松城を訪れる際には、この地にあった観音堂に必ず参拝したそうです。すぐそばの岩からわき出す清水で、家来や連れてきた馬ともども喉をうるおしていたと言い伝えられており、この水を飲むと「胃腸が良くなる」と評判の水場でした。
 観音堂は明治の中頃に大町西一丁目の河内神社の境内に移転して石垣だけが残り、いつしか武田の殿様が喉をうるおした水場への道も草木に埋もれ、訪れる人もないまま長い年月が過ぎ、地元の人からも忘れられた“幻の水場”になっていきました。
 この“幻の水場”が復活したのは平成17年夏のことでした。河内神社の総代長で大町富士団地町内会長の黒河寿美夫さん(故人)が呼びかけ、今回テレビに登場した高木さんら武田山登山道の整備などの活動を続けてこられた数名の皆さんによって、水場までの道が整備されたのです。
 久しぶりに姿をあらわした水場は、昔と変わることなくこんこんと豊かな水が湧き出していました。この地にあった観音堂をしのんで「大町観音水(おおまちかんのんすい)」と名づけ、水を汲みやすいようにパイプを取りつけ水場までの道標も整備し、昔の水場を知る人や登山者が少しずつ訪れるようになりました。
 平成18年3月に、有志で費用を出し合い、名水鑑定で全国的に有名な国際学院大学の佐々木健教授に検査を依頼したところ、「まれにみる軟水の名水といってよい。お茶、コーヒー、料理に最適の万能の名水。屋久島、縄文水の水質と近似している日本一の水質レベルである。」との鑑定をいただいたのです。
 その後、登山会や地元大町小学校の総合学習で取り上げられたり、ケーブルテレビや新聞でも紹介され「地域のお宝」として広まっていきました。
 現在も毎年水質検査を行い、地元の方が毎日掃除に来られるなど大切に守られている水場です。
Imgp6670
 それでは、市内からでも訪れやすい大町駅からの道順を紹介します。大町駅はJR可部線とアストラムラインの接続駅で、安佐南区内の団地を結ぶバスターミナルでもあります。
Imgp9347
 JRの改札を抜けて、階段をおりてまっすぐ進み左手に進みます。
Imgp9356
 三叉路の横断歩道を渡ります。正面に見えるのが標高410.5m、中世の時代の山城「銀山城(かなやまじょう)」のあった武田山です。
Imgp9359
 歩道を進み信号を渡り細い道に入ります。車に注意して進みましょう。
Imgp9364
 カーブミラーのある十字路を左へ曲がります。現地には道案内の表示は何もありません。
Imgp9366
 中谷物産の看板の前を右へ曲がります。
Imgp9367
 道が一段と狭くなります。ここを直進します。
Imgp9369
 安川通り(県道38号線)へ出ます。横断歩道を渡り、富士団地へ進んでいきます。
Imgp6680
 大町郵便局を過ぎてカーブを曲がると登山道入口の標識が見えてきます。コンクリートの階段を上ります。
Imgp6684
コンクリートの急坂を登り、その先の階段が登山口です。
Imgp6696
 山道を7~8分歩き、分岐を左手に進みます。
Imgp6699
 分岐から谷を回りこみ、約3分で大町観音水に到着します。
Imgp6705
 岩の間から水が湧き出しています。
Imgp6704
 岩がポケットのようになっています。昔は葉っぱですくって水を飲んでいたそうですが、平成17年の整備の際にパイプを取り付け水をくみやすくしました。
Imgp6707
 水場の脇に立つ標柱に名水の鑑定書と水質検査書のコピーを掲示しています。
S
 こちらが名水鑑定書。屋久島の縄文水の水質と近似している日本一の水質レベルであるとの御墨付きをいただきました。
 この大町観音水は硬度10の「軟水」です。
 ミネラル分を多く含む水を硬水、少ない水を軟水と呼び、硬度を目安に区分しています。硬度は、 1リットル(L)に溶けているカルシウムとマグネシウムの量を、炭酸カルシウム(CaCO3)の 重量(mg)に換算した数値(mg/L=PPM)で表しますが、軟水は「硬度0〜60mg/L」、中硬水は「61〜120mg/L」、硬水は「121〜180mg/L」、非常な硬水は「181mg/L以上」とされています」。
 硬度による水の特徴は、地下水が通過する地層の違いによって表われ大町観音水は花崗岩の硬い岩質でミネラルがあまり溶け出さないのです。
 軟水には沢山のメリットがあります。まず、洗濯がよく落ちる。洗剤が少なくて済む。これは 軟水が非常に溶出力が強いからです。2番目、出汁をとったら非常においしい。料理に非常にいい。お茶、コーヒーにおいしい。野菜とか料理をしたらミネラルが沢山溶け出て健康によいと いうメリットがあります。しかも変質しにくく腐りにくいのです。
Imgp9370
 帰りは安川通りを南下してみましょう。
 大町西1−1−3 のラーメン店「しまい」。舟入から移転してきたこのお店は広島ラーメンの元祖といわれています。餃子も絶品ですよ。(082-870-7506)
Imgp9374
 
大町東1-2-22の手づくりパン屋さん「しょぱん」
082-877-0041) 営業時間/8:00~19:00
定休日/火曜日
Imgp9377 Imgp9379
 大町東2丁目14-12のJA全農ひろしま直営の農畜産物販売所「とれたて元気市」
地元で採れた野菜は新鮮でしかも安い!
(082-831-1831) 9:00~18:00
定休日 盆・正月
150台収容の無料駐車場もあります。
 

より大きな地図で 広島南アルプス夜間縦走 を表示

 大町駅からは武田山から商工センターの背景の山鈴ケ峰へ至る20kmの里山縦走路「広島南アルプス」が伸びています。大町観音水を汲んで武田山登山、広島南アルプス縦走に出かけてみましょう!
(上の地図は2011年に行った「広島南アルプス縦走」に今回紹介した「ふれあい元気市」等の情報を加えたものです)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月17日 (土)

盛りだくさんだった「あっぱれ!熟年ファイターズ」武田山特集!

1

 皆さん、ご覧になりましたか?
5月17日の「あっぱれ!熟年ファイターズ」武田山特集!

 番組HP → こちらをクリック

  元カープ選手の渡辺弘基さんが武田山憩いの森から、タレント松本裕見子さんが大町駅から大町観音水を汲んで山頂で合流。抹茶をたてていただくというのが武田山登山のシナリオで、その他祇園の町の案内や、周辺のお店の紹介、呉港学園や不動院の取材もあり、丁度大河ドラマで活躍している恵瓊の像なども紹介されていてなかなか見ごたえのある内容でした。

 渡辺さんを引率されたのは、帆立のnekoこと小方さん、松本さんを引率したのは里山環境保全みどり会の高木さん、名水フリーライター 錦川鯉さんです。
錦川鯉の名水賛歌 http://hc2.seikyou.ne.jp/home/n-koi/
 5月25日(日)には「武田山の日一斉登山」があり、JR下祇園駅、JR古市橋駅、AL上安駅の3コースから、ひろしま市民と市政などをみて応募された各コース30名の参加者の皆さんが武田山に登ることになっており、今回の放送でこの登山会も大いに盛り上がるものと期待しています。

20140516071128

 今回の武田山での取材は4月21日に行われました。実際に山を歩いたルートは上の地図の通りです。

 武田山は登山口からは各地域のボランティアの手により標識が整備されていますが、登山口までの現地の案内が充実しているとは言えません。というかほとんどない。

 テレビを見て、武田山に登ろうと思われる方は、公民館などで配布している武田山ガイドマップ「武田山へ行こう!」を入手することをお薦めします。現在配布されている改訂版では最寄の公共交通機関から登山口までの道順が写真入りで案内されています。

 武田山ガイドマップは安佐南区役所のホームページからもダウンロードすることができます。→ こちらをクリック
 安佐南区役所のホームページには、武田山にあった中世の山城「銀山城(かなやまじょう)」の情報もあります。 → こちらをクリック

 登山道のもっと詳しい情報は、「山歩きと山野草のページ」様のホームページの「広島南アルプス」のページがお薦めです。今も道が増えつつある武田山の登山道マップも入手できます。 → こちらをクリック


2

 今回の放送で、特にブログ管理人が注目したのは呉武田学園。
 学校のTV放送の告知(こちらをクリック )によると、事前に連絡をすれば誰でも見学をさせていただけるとのことなので、機会を見つけてぜひ見学にいきたいと思いました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月13日 (火)

17日の「あっぱれ!熟年ファイターズ」に武田山が登場。お見逃しなく!

Imgp9138
 広島ホームテレビで毎週土曜朝9時30分放送の人気番組「あっぱれ!熟年ファイターズ」。次回17日の放送では武田山が登場します。

20140511080544
Imgp9136
Imgp9137
20140511080511

番組ホームページはこちら

Imgp9140

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月11日 (日)

平成26年度みどり会総会を開催

Img_92665月11日(日)、祇園西公民館で平成26年度の里山環境保全みどり会総会が開催され、31名のメンバーが出席し熱心な討議を行いました。
Img_9253
Img_9274

Img_9286

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 1日 (木)

武田山の日一斉登山、今年は5月25日(日)ですよ!

S53607b35082_cr

 安佐南区にお住まいの方は、本日の新聞折込の「ひろしま市民と市政5月1日号」の最終ページの3分の2の大きなスペースを占める「武田山に登ってみよう!」という記事に目を引かれたことと思います。

 安佐南にお住まいでない方も広島市のホームページからご覧になれます
 →こちらをクリック

 里山環境保全みどり会も構成団体として参加している「武田山関連団体連絡会」は、祇園町商工会やプロジェクト武田山など武田山を舞台に登山道整備などのボランティア活動を行っている各団体や個人が年数会集まってそれぞれの活動報告などを行う情報交換の場としてスタートしました。

 「せっかく集まっているのだからみんなでイベントをやろうじゃないか」ということで始まったのが今回の記事で紹介されている「武田山の日一斉登山」です。
 武田山にあった中世の山城「銀山城(かなやまじょう)」が、大内氏の命を受けた毛利元就らによって攻められ落城したのが天文10(1541)年5月であったことにちなみ、毎年5月の第4日曜日を「武田山の日」と定めて、3つのコースから武田山に登って交流を深めようというイベントで今回で6回目を迎えます。今年は、祇園・祇園西、安の3つの公民館も館の事業として加わりより充実した内容をめざします。

 今回は、JR下祇園駅、JR古市橋駅、AL(アストラムライン)上安駅からの3つのコースを設定し、里山環境保全みどり会はJR古市橋駅、当ブログ管理人は「団体の地元地域だけでなく他の地区のコースも担当することで武田山の理解をより深めよう」という連絡会の議論を受けて上安駅のコースを担当することになりました。ぜひ皆様のご応募お待ちしております。

内  容 地元ボランティア団体によるガイド登山

コ ー ス (1)JR下祇園駅コース、(2)JR古市橋駅コース、(3)AL上安駅コース

日  程 5月25日(日)各コース9時集合(当日朝6時時点の広島県南部午前中の降水確率が50%以上の時は中止)

募集人員 各コース30名

申込方法 往復はがきに申込者全員の住所、氏名、年齢、連絡先、希望のコースを記入のうえ、5月13日(必着)までに祇園公民館内「武田山の日一斉登山」申し込み係(〒731-0113 西原一丁目13-26)へ。※応募多数の場合は抽選

参 加 費 100円(保険代など、当選はがき持参の上、当日受付場所で支払っていただきます)

持 参 物 弁当、水筒、タオル、雨具など

問 合 せ 祇園公民館(電話 082-874-5181、FAX 082-874-5182)

主  催 武田山関連団体連絡会、安佐南区役所、祇園・祇園西・安公民館

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »